玉野市 1962年
玉野市営モハ100形(玉橋付近)
可部線の電車 宮崎交通の蓄電池動車
モハ102     玉~三井造船所前  1962年3月

玉野市営モハ100形
玉~玉遊園地前(奥玉)の線路は,川の中を通したことで知られている.
橋梁は川(白砂川)を渡らないまま終点の奥玉まで川の上を走っていた.
橋梁の定義を外れるから高架構造物として認可を得て延伸されたと聞く.

専用線(工事線)を活用し備南電気鉄道として発足した地方鉄道である.
当初宇野~玉(後の三井造船所前)3.5kmが 1953年春に開業した.
1955年には玉野市に移管されて,玉~玉橋(後の玉)まで延伸する.

備南電鉄「たまねぇ行こうや」友人に誘われたか誘ったか忘れたけれど,
電車は宇野~玉まで市街地を縫って走って,市電という感じは受けない.
それは中学1年の冬のことだったか.小雪の舞う寒い日に車庫を訪ねた.

当時県内で唯一の郊外電車をまぢかで見て嬉しかった記憶は今も新しい.
高校卒業の頃気動車を導入する計画が進んでいた.車庫訪問の時の撮影.

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