藤原を出ると財田まで北側に山陽本線と南は国道と百間川の築堤が見えるばかりだった.
極論すれば,龍ノ口丘陵と操山丘陵の間は,山陽本線と西大寺鉄道と百間川があるのみ.
山陽本線南側は国道があったから偶にトラックが走っていた.北側に比べて集落は近い.
線路沿いのハエタタキで列車の速度を知り国道沿いの電柱と櫓が妙に印象が残っている.
沿線には立看板が連続していた.幼少期の私は列車から見える立て看板で文字を覚えた.
1文字づつの看板もあって鈍行列車の進行方向によっては幼児の学習に役立っただろう.