7301号 西大寺町 2005/10/10
三蟠鉄道 - 岡山電気軌道 - 西大寺軌道
西大寺町から小橋まで,京橋,中橋,小橋と,旭川には三つの橋が架かっています.京橋は昭和30年代まで岡山の
舟運の中心地として賑わいました.旭川が浚渫されて汽船が京橋まで通うことができる以前は,岡山の舟運の中心は
旭川河口にあった三蟠港でした.三蟠港と岡山電気軌道を 馬車に代わって結んでいたのが軌間2’6”の三蟠鉄道です.
三蟠~桜橋(岡山瓦斯付近),後に線路を変更して 三蟠~国清寺(門田屋敷電停付近)に延伸し岡山電軌とつなが
ります.また,西大寺軌道(後の両備バス西大寺鉄道部)も門田屋敷付近で 岡山電気軌道と連絡する計画を持ってい
た時期もあり,もしこれが実現していたなら 門田屋敷付近で3’6”,3’,2’6”の 3種類のゲージの車両が出揃う
ことになっていたでしょう.三蟠鉄道は 開通が1915年(大正4年),廃止が1931年(昭和6年)で,その間10
余年に過ぎません.浚渫によって汽船が京橋まで遡るようになって岡山の海の玄関は 三蟠港から京橋に遷りました.
船舶(汽船)との競争を余儀なくされたために廃止に至った鉄道は 国内では過去に例がないのではないかと思います.
廃線の原因はバスとの競合ではありません.鉄道廃止に至る最大の原因は船舶と競争して負けた結果と聞いています.